元中学教員 現フリーランス
私は、2017年3月31日付けで某公立中学校の教員を辞めました。
その後、3か月間は教育関係のアルバイトに励み
2017年6月15日から本格的にフリーランスのライターとして活動しています。
何故、教員を辞めたのか。
朝6時に起床し、夜11時に帰宅する。また朝を迎え、職員室へ向かう。
教員の土・日・祝日は、世間からみると休み。実際は「部活動」という勤務。
30連勤なんて当たり前の「教育現場」の世界にいると「定時という概念」も「何のために、誰のために」という働く動機も失っていきました。
(私は、30連勤以上働くと倒れる気がしたので「腹痛」と「実家に帰ります」を何度か使わせて頂き家で休息していました。仮病ではありません。「仮病を使わなければ倒れてしまう病」。)
教員と名乗り6か月がたった2016年10月。体力的にも精神的にも、限界を迎えつつありました。
「この仕事があと約40年続くのか」と、ふと悲しくも切なくなりました。
1年経っても、あのころの切なさとなんとも言えない悲しみは今でも覚えています。
「この部活動のやり方は間違っている!」「今日は16時50分の定時で帰ります!」
そう叫んでやりたかった。でも、できなかったので辞めてやりました。
ある教員が「人間である前に教員です!って言う先生に自分の子どもみてもらいたいやろ?だから、教員は人間である前に教育者でないといかん」と、おしゃっていました。
この記事を読んでくれている方はフリーランスの方が多いと思いますが、この発言どう思いますか?私は「は?」って感じましたよ「押しつけてくんなよ」と。
教員は辞めましたが、今でも子どもは大好きです。
何故、フリーランスに?
「ランサーズ」というクラウドソーシングを知ったのは教員として勤めていた2016年6月ごろ。
公務員は副業禁止なため、実際にやることはできませんでした。
この副業禁止にも抗議したい。
ですが、「クラウドソーシング」に興味があったため、友人に勧めて「どんな感じか」聞くことにしました。が、「誰もやらない」。
それから、忙しい日々を過ごししばらくは「ランサーズ」も「フリーランス」も「クラウドソーシング」も頭からすっぽり抜け落ちていました。
教員を辞め、2017年4月
教育関係のアルバイトをやっている時に「フリーランス的営業マン」に会ったことや
この教育関係のアルバイトが「決められた給与を払ってくれない」「終電当たり前」といった、いわゆるブラック企業っぽかったことも「雇われること」からの解放を推し進めてくれた要因でもあります。
こうして、「雇われること」からの解放、ランサーズ、クラウドソーシング、フリーランスという言葉を思い出したこと、などが重なり2017年5月ごろに「そうや、フリーランスになろう」と決意しました。
フリーランスになって4か月目
1か月目 30515円
2か月目 90997円
3か月目 177120円
2017年9月15日から10月14日の4か月目の目標金額は30万円です。
3か月目までは「ランサーズ」のみで仕事を受注していましたが、4か月目の現在は、クラウドソーシング外でもクライアントさんと関係を持つ機会があり、お仕事をもらうことができました。
フリーランスになって4か月間
「今日、めっちゃ晴れてて空綺麗やな~」って思うことが何度もありました。
空が綺麗、と思うたびに
教員として働いているときは空を見上げる余裕すらなかったなあ、と。
まだまだフリーランスとした働き始めたばかりですが、毎日思います。
フリーランスは最高!!って。
「教員から全くのコネも無しにどうやって稼いだのか」「教員を辞めてのまわりの反応」「ランサーズを知った時からの憧れだった吉見夏実さんやとっとこランサーさんへの思い」など
今日から【毎日19時ごろ】にいろんなネタで更新していく予定です。